はじめに
犬の健康管理において、飼い主は犬が摂取する食べ物に細心の注意を払う必要があります。特に、チョコレートは犬にとって非常に危険な食品です。犬はテオブロミンを分解する酵素の働きが弱いため、少量でも中毒症状を引き起こす可能性があります。チョコレートに含まれるテオブロミンとカフェインは、犬の体内で代謝される速度が遅く、中毒を引き起こしやすいです。
中毒物質と影響
テオブロミン
テオブロミンはチョコレートおよびココア製品に含まれる主な有毒成分です。犬の体内でのテオブロミンの半減期は約17.5時間であり、ヒトと比較して非常に長いです。テオブロミンは腸肝循環によって体内に再吸収され、蓄積しやすいです。少量の摂取でも中毒を引き起こす可能性があります。
カフェイン
チョコレートにはテオブロミンのほかにカフェインも含まれています。カフェインは中枢神経系に対する興奮作用が強く、無視できない影響があります。カフェインの半減期は約4.5時間で、テオブロミンよりも短いですが、その影響は無視できません。
中毒量とリスク
テオブロミンの致死量(LD50)は、犬で250-500 mg/kg、猫で200 mg/kgとされています。例えば、体重10 kgの犬が2500 mgのテオブロミンを摂取すると死に至る可能性があります。一般的なミルクチョコレートにはテオブロミンが約1.5-2.0 mg/g含まれているため、体重10 kgの犬が1 kgのミルクチョコレートを摂取すると中毒症状を引き起こす可能性があります。
チョコレートの種類とテオブロミン含有量
チョコレートの種類によってテオブロミンの含有量は異なります。以下に代表的なチョコレートの種類とテオブロミン含有量を示します。
・ビターチョコレート:12-19.6 mg/gのテオブロミンを含み、中毒を引き起こすリスクが最も高いです。
・ミルクチョコレート:1.5-2.0 mg/gのテオブロミンを含みます。
・ホワイトチョコレート:テオブロミンの含有量は極めて低く、中毒を引き起こす可能性は極めて低いですが、与えないようにしましょう。
臨床症状
犬がチョコレートを摂取した場合、以下のような症状が数時間から数日後に現れることがあります:
・消化器症状:嘔吐、下痢
・神経症状:興奮、落ち着きがない、過呼吸、筋振戦、筋肉の硬直、運動失調
・心血管症状:心拍数増加、頻脈、高血圧、不整脈
・その他:高熱、尿量増加、頻尿、腎障害、発作、失神、昏睡、死亡。
治療法
チョコレート中毒に対する治療法は、特異的な解毒剤が存在しないため、主に対症療法となります。
初期治療
・嘔吐の誘発:摂取後6〜8時間以内で意識障害がない場合、嘔吐を誘発します。獣医師の判断でアポモルヒネなどの催吐剤が用いられることがあります。
・胃洗浄:獣医師の判断で胃洗浄が行われることがあります。
・活性炭の投与:活性炭を1日2回程度投与し、テオブロミンのさらなる吸収を防ぎます。
対症療法
・輸液療法:脱水や電解質異常を補正し、毒素の排出を促進します。
・薬剤治療:必要に応じて、β1遮断薬(エスモロール)、鎮静剤(ミダゾラム)、制吐薬(マロピタント)などを使用します。
予防と管理
最も効果的な予防策は、犬がチョコレートに触れないようにすることです。犬が誤って口にしないよう、チョコレートは犬の手の届かない場所に保管しましょう。特に、ホリデーシーズン(クリスマスやイースターなど)はチョコレートの摂取リスクが高まるため、注意が必要です。
結論
チョコレートは犬にとって非常に危険な食べ物であり、飼い主は犬がチョコレートを摂取しないように厳重に管理する必要があります。万が一、犬がチョコレートを摂取してしまった場合は、速やかに獣医師に相談し、適切な処置を受けることが重要です。犬の健康を守るために、日常的に与える食べ物には十分注意を払いましょう。
参考文献
左向敏紀. “与えてはいけない食べ物その2:チョコレート.” ペット栄養学会誌, 27巻1号, 28-31ページ, 2024年.